透明標本の作り方を学ぶ 〜詳細編〜
●用意する物●
- 原料となる生き物
- タッパー(全部で15個くらい)
- pH試験紙
- 10%ホルマリン固定液
- 無水エタノール
- 氷酢酸
- アルシアンブルー液(pH2.5)
- ホウ砂
- トリプシン
- アリザリンレッドS
- 水酸化カリウム(粒状)
- グリセリン
- チモール
- 完成した標本を入れる容器など
- 注射針などのガス抜き用具
●作り方目次●
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- タンパク質の固定
- 下処理
- 脱水
- 軟骨染色
- 中和
- トリプシン処理 透明化@
- 硬骨染色
- アルカリ溶液処理 透明化A
- アルカリ溶液処理 透明化B
- アルカリ溶液処理 透明化C
- アルカリ溶液処理 透明化D
- 仕上げ 透明化E
- 瓶詰め
●作り方手順●
◆1.タンパク質の固定◆
10%ホルマリン固定液に標本の原料となる生き物を浸漬させ、タンパク質を固定する。
固定時間は24〜48時間が最適であり、1ヶ月半(※1)を超えると染色に悪影響を及ぼす可能性がある。
(※1)ホルマリンは経年劣化によりギ酸へと化学変化を起こすため、酸により標本のカルシウム分の脱灰が始まる可能性がある。
☆注意するポイント☆
開封して時間が経って劣化したホルマリンを使用しないこと。
劣化したホルマリンは酸性になっており、浸漬した原料の骨を溶かしてしまう恐れがあるため、
標本作製の際に、硬骨染色の妨げになる。
◆2.下処理◆
用意するもの
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固定した原料を水に24〜48時間浸漬させ、余剰なホルマリンを除去する。
その後、うろこと内臓を除去する。
うろこが残っていると、薬剤の浸透の妨げになるほか、うろこまでが赤紫に染まってしまい、見栄えが良くない。
また、内臓に関しては、除去する方が標本作製時間の短縮につながる。
その一方で、除去しない場合、胃の内容物などが観察できることもあり、面白い標本を作製することが可能である。
この辺りは、個人の感性にお任せしたい。
うろこ取り
内臓の除去
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☆注意するポイント☆
1.ちょっと大変かもしれないが、うろこ処理の際に、針などで原料の眼を刺しておく。
そうすることで、眼の中にも薬剤が浸透しやすくなり、美しい標本の完成につなげることができる。
2.うろこがない生き物について
魚でいえばカワハギ、そのほか爬虫類などはうろこがない代わりに硬い皮をもっている。
これもまたアリザリンレッドSの染色対象である。
また、この皮を透明にするには長時間を要するため、除去しても良い。
ただし、皮が残っていても、それはそれで味のある標本になる。
下処理前後の比較
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◆3.脱水◆
無水エタノールを希釈して、50%エタノールを準備する。
下処理を行った後の原料を、50%エタノールに24時間、無水エタノールに24時間浸漬させて脱水をおこなう。
これは、原料内にある水分が、このあとの薬剤の浸透の妨げになってしまうためである。
非常に単純な作業ではあるが、結構重要なプロセスである。
◆4.軟骨染色◆
全工程で一番重要なプロセスかもしれない。
アルシアンブルー液(pH2.5)という染料を用いて軟骨染色をおこなう。
まず、無水エタノール:氷酢酸=4:1の混合液Aを用意する。
次に、このAにアルシアンブルーを添加する。
Aの液量が500mlの場合、アルシアンブルーを4mlの割合になるよう添加し、染色液を調製する。
攪拌した後に、脱水を終えた原料を浸漬させる。
浸漬時間は原料にもよるが、2〜24時間。 あまりにも長く漬けすぎると、酸によって骨が溶かされ、硬骨染色の妨げとなる。 軟骨が青く染まったのが確認できれば、取り出す。
同種の原料に対して、同じ手法で軟骨染色を施しても、同様の染色が得られないこともある。 大変難しく、慣れと勘がモノをいうプロセスかもしれない。 |
アルシアンブルー液での浸漬が終わったら取り出す
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☆注意するポイント☆
アルシアンブルーが最も綺麗に軟骨を染色してくれるのは、液性が酸性(pH2.5)のときである。
故に、染色液の純度を極力保ちたい。
そのためには、
@染色を行う際に、原料をあまり入れすぎない。
A染色液を再利用しすぎない。
以上のことに注意する。
いずれも原料から出た水分で酸が薄まってしまうためである。
pH試験紙を用いて、pHをチェックすると良いだろう。
◆5.中和◆
ホウ砂飽和水溶液(pH約9.0)を用いて軟骨染色で使用した酸を中和する。
水にホウ砂を溶け残りが出るまで添加すると、飽和水溶液ができる。
このホウ砂飽和水溶液に約1日間、原料を浸漬させる。
☆注意するポイント☆
原料によっては、1日で中和が完了しないものもある。
また、ホウ砂飽和水溶液に原料を入れすぎると、中和能力がなくなってしまう。
ホウ砂飽和水溶液のpHも、こまめにチェックすることが肝要である。
◆6.トリプシン処理(タンパク質分解酵素処理) 透明化@◆
トリプシンというタンパク質分解酵素を用いて最初の透明化をおこなう。
ホウ砂飽和水溶液:水=7:3とした混合液にトリプシンを濃度1.0%
(混合液100mlに対し、トリプシン1g)となるように添加する。
ここに中和を終えた原料を浸漬させる。
トリプシンは、pHが9.0のとき、また温度が35〜40℃のとき、最も能力を発揮するため、これらの条件を保つことが重要である。
トリプシンによる分解速度は遅いため、このプロセスはそれなりの期間を要する。 原料にもよるが、長いものは1ヶ月以上かかる。 画像のように透明になったら原料を取り出す。 |
ある程度タンパク質が分解されて透明になったら取り出す
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☆注意するポイント☆
先にも述べたが、原料の大きさ・重さなど、さまざまな要因によって最適な条件は変化する。
こまめに状態をチェックすることが重要。
漬けすぎに注意!
あまり長く浸けすぎると体が柔らかくなりすぎて、形を保てなくなってしまいます。
また、トリプシンを添加した溶液のpHがアルカリ性(pH約9.0)であり、
かつ溶液の温度を35〜40℃に保つこと。
大切なことであるため、ここでも記載しておく。
◆7.硬骨染色◆
アリザリンレッドSという染料を用いて硬骨を染色する。
トリプシン処理を終えた原料は、余剰なトリプシンを除去するため、大量の水(原料が10gのとき、1L程度)に入れて一晩置いておく。
水が少なすぎると、トリプシンによる分解が進んでしまうことがあるため、注意する。
次に、500mlの精製水に5gの水酸化カリウムを溶かして、1.0%水酸化カリウム水溶液を用意する。
この500mlの1.0%水酸化カリウム水溶液に、アリザリンレッドSを耳かき2すくい分ほど添加する。
これで、染色液の完成。
ここに原料を浸漬させる。
浸漬時間は、これまた原料によりまちまちで、早いものは数時間で完了するし、48時間かかっても完全には染色されないものもある。 脊椎骨が染まっていれば問題はないので、チェックする際に裏側などからライトで照らして確認すると分かりやすい。 |
脊椎骨が赤く染まったら取り出す
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☆注意するポイント☆
水酸化カリウムに長く浸けすぎると、原料がぼろぼろになってしまうため、染色が終わったら早急に原料を取り出すこと。
せっかくここまで作った標本が台無しになってしまう。
◆8.アルカリ溶液処理 透明化A◆
◆7.硬骨染色◆を終えた原料を1時間程度水に浸けて、余剰な染料を除去する。
その後、原料を、1.0%水酸化カリウム水溶液に浸漬させて、メラニン色素の除去とタンパク質の分解をおこなう。
このプロセスの完了目安は、原料の眼の茶色(黒色)が取れたとき。
ここまですると、最終的に標本になったときに透明感のある眼ができあがる。
ただし、これには2日〜1週間以上かかる。
左から、浸漬してから1日後、3日後、1週間後の溶液の色 |
☆注意するポイント☆
1.硬骨染色液と同じく、水酸化カリウムは原料のタンパク質を溶かしてしまうため、プロセスが終わったら早急に取り出すこと。
2.液が茶色くなってしまったら、液を交換する。
◆9.アルカリ溶液処理 透明化B◆
1.0%水酸化カリウム水溶液:グリセリン=3:1の溶液を用意する。
ここに◆8.透明化A◆を終えた原料を浸漬させる。
移動して新たな溶液で浸漬をはじめた最初のうちは、比重が異なるため、原料は浮かんでしまう。
次第に、液体が浸透するとともに、原料は沈んでいき、同時に透明化が進んでいく。
原料が容器の底まで沈んだら、次の工程へ移る目安。
◆9.透明化C◆から◆10.透明化D◆のプロセスは、原料のタンパク質を溶かしつつ、原料内の水分をグリセリンに置換していく工程である。
故に、徐々にグリセリンの濃度を濃くしていく。
◆10.アルカリ溶液処理 透明化C◆
1.0%水酸化カリウム水溶液:グリセリン=1:1の溶液を用意する。
ここに◆9.透明化B◆を終えた原料を浸漬させる。
原料が容器の底まで沈んだら、次の工程へ移る目安。
◆11.アルカリ溶液処理 透明化D◆
1.0%水酸化カリウム水溶液:グリセリン=1:3の溶液を用意する。
ここに◆10.透明化C◆を終えた原料を浸漬させる。
原料が容器の底まで沈んだら、次の工程へ移る目安。
◆13.瓶詰め◆
グリセリンにチモールを予め添加しておく。
100mlのグリセリンに対して1〜2粒添加する。
これまでの標本作製にかかった長い道のり、
透明標本の基礎をつくった偉人たちの貢献、
そして標本となって生き続ける生き物へ想いを馳せながら、曇りなき眼で見定め、瓶詰めをおこなう。
☆注意するポイント☆
瓶詰めする前に、標本内に溜まったガス(分解生成物などで発生する)を抜いておくと見栄えも良くなる。
これは、注射針などを使っておこなうが、このとき、過剰に標本を傷つけないように注意する。
あとは、最終段階で標本を床に落としたりしないように注意したい。
全体を通して
以上のようなプロセスを踏まえて透明標本は完成する。
ここに掲載したものは、あくまでも作製法の一例に過ぎず、多くの透明標本フリークの皆様が、さまざまな工夫を凝らして独自の作成法を生み出し、すばらしい透明標本が作られている。
これを参考にして、オンリーワンの作製法を生み出していただけたら、と思う。
また、何度も書いてきたが、
透明標本の作製は、原料によって作製期間も作製難易度も大きく変わってしまう。
やはり、大きな透明標本を作るには、それなりの時間と費用と根気が必要である。
お節介であるかもしれないが、まずは、登龍門として小型の透明標本から作製してみてはいかがだろう。
ぜひ、唯一無二の透明標本を作製していただきたい。